井川意高の嫁は陽子!50人以上の芸能人と関わりを持った驚愕な手口とは?

大王製紙の元会長の井川意高(いかわもとたか)さんですが、特別背任で逮捕された事件はまだ記憶にあたらしいかと思います。逮捕された時、嫁さんや娘さんはどのような心境だったのでしょうか?今回はその辺を掘り下げてみようと思います。
 
 



Sponsored Link



  
  

井川意高のプロフィール


まずは井川意高さんを知らない人もいるかもしれませんので自己紹介をします。

1964年7月28日生まれ、井川伊勢吉の孫で、大王製紙の元会長(大王製紙創業家3代目)

驚くべきことは、小学校時代から塾も通わず、家庭教師もつけず、ろくに勉強しなくても、成績は常にトップクラス。中学からは、会社の関係で上京することになったので、筑波大付属中学校、高校に通いましたが、ここでも、あまり勉強はしなかったそうですが、それでもトップクラスの成績を持っていました。

つまり、決してエリート街道まっしぐらだったわけではなかったということと、自力で東京大学に入学したほどの頭脳の持ち主だったということです。
 
 
更に、大王製紙に入社してからも、赤字を黒字転換したこともあるので、自身の実力で社長の座に上りつめていったことがわかります。

よくあるケースとして優秀な親の七光を享受して、地位を上り詰めていくことがありますが、井川意高さんに限ってはそういうことではなく、自身の実力で上り詰めていったのでしょうね。

今ある環境に甘んじるのではなく、自身で努力する辺り、さすがですね~!
 
 


Sponsored Link



 
 

逮捕後は離婚したのか?

そんな井川意高さんですが、ギャンブルにはまってしまう、個人のお金だけでなく、会社のお金に手を付けてしまいます。
その額およそ106億円!!
 
 
この辺は、結構大きな事件として取り上げられたので、みなさんもご存知のことと思います。
    ↓

ここまで大きく取り上げられたら、世間体もありますし、経済的困窮も考えられるので、普通なら離婚でしょうが、嫁の陽子さんはその選択を選びませんでした。
 
 
ここで、ちょっと嫁さんとのなれそめをお話します。

出会いはお互い学生で、井川意高さんは東京大学、嫁の陽子さんは成城大学でした。
 
 
そのときに、「東京大学ヨット愛好会」を通じて二人は出会い、交際に発展して、その後結婚したのです。

時期などは詳しく載っていないのでわかりませんが、学生時代からの長い付き合いなわけです。
 
 
いついかなる時も、苦楽をともにし、お互い支え合って行きてきたことでしょう。

いくら井川意高さんが逮捕され、世間体や生活的困窮が待ち受けていると考えられても、今まで一緒に寄り添ってきたので、そう簡単に見捨てるわけには行かないかったのでしょうね。

いい嫁さんです。
 

 

娘の現在は?

娘は慶應義塾附属幼稚園に入園したとネットには掲載されていたのですが、いつ頃の話だったのか明記されていません。
井川意高さんが逮捕されてから入園したとは、考えにくいので、時期的に考えたら、卒園し、そのままストレートに小学校に入学したと考えるのが妥当なのかもしれませんね。
 
 

50人以上の芸能人について

さて、気になる人は気になるでしょう。

50人以上の芸能人と関わりを持ったということですが、東京大学に入学したことで、大王製紙への入社が確約されたようなもので、大王製紙の役員に名を連ね、銀座、赤坂、六本木で様々な芸能人や著名人たちと接する機会がありました。
 
 
元々、頭脳明晰だったことと、大王製紙へ入社してから、赤字を黒字転換するほどの経営手腕の持ち主、更には、独特の着眼点の持ち主でもあり、更にトークも巧みだったということなので、芸能人や著名人から気に入られるようになります。

そういった魅力的な人間には自然と人も集まるので、自ずと交流が広がるわけです。

中には男女の中になったとかなっていないとかそういう噂もあったそうです。
 
 
それらがまとめられた書籍があるので、気になる人は見てみると良いかと思います。
    ↓
「熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録(双葉社)」
 
 
登場した芸能人は50人以上
・宮沢りえ
・熊田曜子
・山本梓
・ほしのあきら
・紺野あさ美
・滝川クリステル
・市川海老蔵
・伊藤英明

など匿名と実名で書かれました。

本人たちにしてみたら、何がどこまで書かれているのか、想像するだけで怖いですね。。。
 
 
以上です。
 
 

最後までお読み頂きありがとうございます。



Sponsored Link


シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする